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副島淳は英語が話せない!32歳まで海外に行ったことが無かった?

副島淳

画像引用)https://www.instagram.com/p/CDTF_tXFm1h/
一目見たら忘れない!くらいのビジュアルの持ち主である副島淳さん。
アフロヘアーのハーフという見た目から、英語はペラペラだと勘違いされているのだとか。

自身は英語が喋れないどころか、海外へ行ったことも32歳までなかったというから驚き!
日本人より日本人らしさのある副島淳さんをご紹介していきます!

副島淳は英語が話せないって本当?

アフロヘアーでインパクトのある副島淳さん。
現在、タレントとして活躍しています。

副島淳さんは日本とアメリカのハーフの見た目なのに、実は英語が話せないんです!
しかも、2016年の11月まで海外へも行ったことがない。
正に、見た目とのギャップというやつです。

どうして英語が話せないのか?
それは単純に日本生れの日本育ちだからです!
存在自体、英語がペラペラという印象を与えてしまうので、副島淳さんも損していますよね。

例えば、街を歩いていて、海外の方は普通に英語で話しかけてくるのに、副島淳さんは英語でえ返せないことも多々あるようです。
中学生から英語の授業が始まりますが、先生からも期待外れの扱いを受けたことも。

また、エピソードとして、学生時代、バスケ部で活躍していたのですが、バスケットボールのスペルを「dasketdall」と書いていたそう。
「d」と「b」を間違えていたのです。
もしかしたら、日本人より英語が苦手だったのかも?

副島淳の家族

副島淳さんは母親と祖母の3人家族でした。
父親は副島淳さんが物心ついた時にはいなかったのです。

小学2年の時に母親が再婚。
妹も誕生したのですが、その結婚生活は1年で破局。
複雑な家庭環境で育ってきたのです。

幼少期はビジュアルの違いから、イジメや差別を受けていたそうです。
ですが、中1の時にバスケに入部したことで、人生は一変しました。

バスケ部で高身長を活かし活躍。
チームメイトからも認められていきました。

そんな学生時代を過ごしてきた副島淳さん。
現在、35歳ですが、今までずっと父親と会ってみたいなと漠然と思ってきました。
そんな時、番組の中で父親を捜してくれることになったのです。

生まれてから一度も会っていない。
顔も名前も知らない。
母親は父親については一切話さなかった。

このような環境の中、副島淳さんの母親が重い口を開いてくれたのです。
父親の手がかりとして挙がったのが、「父はかつて芸能の仕事をしていた」「戦隊ものの宇宙刑事シャイダーのドラマに出演していた」「名前はウィリー・ドーシー」

番組でつてをたどり、父親を直接知っているという方に会うことが叶いました。
そこで分かった父親の情報は、「すでに他界している」「日本人女性と何度か結婚している」「子供の一人は元日本代表のプロバスケットボール選手・高橋マイケル」

何と、副島淳さんが憧れたバスケット選手「高橋マイケル」が、自分と血を分けた兄弟かもしれないという情報だったのです。
そして、高橋マイケルさんとオンライン対面で話す機会も設けられました。
そこで、副島淳さんは高橋マイケルさんにDNA鑑定をお願いしました。

その結果、副島淳さんと高橋マイケルさんは兄弟であることが判明!
副島淳さんにとっては青天の霹靂!
こんな運命ってあるんですね!

副島淳プロフィール

副島淳さんは日本生れの日本育ち。
バスケット推薦で高校は「柏市柏高等学校」、大学は「東京成徳大学日本伝統文化学科」へ進学しています。

趣味は、映画鑑賞、ラーメン食べ歩き、温泉、野球。
特技はバスケットボールの他にサッカーも得意だとか。

また、習字にも自身アリ。
副島淳さんの祖母がお琴と三味線の師範代だったので、躾は厳しかった様子。
だからこそのあの優しさや穏やかさが培われたのかもしれません。

副島淳さんのデビューのきっかけとなったのは、「笑っていいとも!」でした。
ロンブーの淳さんらにいじられたことで人気が出て、芸能界に入りました。

その特徴的なアフロヘアーと、インパクトのある見た目で、番組のリポーターをしたり、時にはドラマにも出演しています。

また、副島淳さんは小さい頃誘拐されたことがあるそうです。
小2の時、母親が再婚したのですが、副島淳さんはそれが嫌で家出をします。

その時、中東系の男性に声を掛けられ、男性について行ってしまったのです。
ついて行ったら手足を縛られ、10時間拘束されました。

電話番号を教えろと言われ、教えたのですが、副島淳さんの実家は貧乏。
電話を止められていて繋がらなかったのです。
そこで、誘拐犯もお金を取れないと察知し、副島淳さんは解放されました。

まとめ

その見た目から普通の人より波乱万丈の人生を歩んできた副島淳さん。
それでも負けずに、逃げずにきた副島淳さんだからこそ、今、芸能界で活躍出来ているのでしょう。

個性を活かして、副島淳だからこそ出来ること、表現出来ることを発信していって欲しいです。